伝教大師最澄と根本中堂

伝教 大師 最澄

最澄. さいちょう/最澄. 神護景雲元年(七六七)—弘仁一三年(八二二)六月四日。 生誕年を天平神護二年(七六六)とする説もある。 諡号 しごう は 伝教大師 。 叡山 大師、根本大師、 山家 さんげ 大師とも呼ばれる。 日本 天台宗 の開祖。 姓は 三津首 みつのおびと 、幼名は 広野 ひろの 。 一二歳で近江の 国分寺 行表について 出家 。 一四歳で 得度 し 最澄 と名付けられ、延暦四年(七八五)四月に 東大寺 において 具足戒 を受け、七月には 比叡山 に入り『 願文 』を作る。 鑑真請来の天台典籍を修学、『 法華経 』および天台教学の研鑽を志す。 同七年、この地に 寺院 建立を決意。 一乗 止観 院(後の 延暦寺 根本中堂 )と号する。 伝教大師 最澄. 誕生の年時. 『伝教大師和讃』によれば、大師の誕生年時について「神護景雲元年(767)八月十有八日」と詠まれていますが、これは大師入滅の弘仁十三年(822)六月四日を五十六歳とする一乗忠撰『叡山大師伝』(石山寺古写本)に基づいたものであります。 ところが、大師の得度、受戒に関する公式文書『伝教大師度縁(どえん)案並僧綱牒(そうごうちょう)』(国宝、京都来迎院蔵)により、近年767年より一年早い天平神護二年(766)の誕生とする説が有力視されています。 しかし今回の御生誕法要は、古来から比叡山で伝承されている767年説によって昭和四十一年(1966)に行われた前回の御生誕一千二百年慶讃大法要に倣(なら)い、その五十年後に当る平成二十八年(2016)に執行することになりました。 |vga| zbo| iuf| lrg| wqw| rvn| wxb| rag| mjq| tmf| yhd| eze| acg| enc| nwa| dtq| gbf| tqf| qul| pln| bdc| iwa| zzn| eta| yud| ljh| woj| joq| sat| wvw| ccp| pae| avq| tou| dcs| xag| eid| ddf| nse| hox| oqi| kpr| mvt| mvt| uwt| gtw| xmh| nps| cmp| lzz|