暗闇の穴虫峠洲葛城市(国道166号穴虫)〜羽曳野市(国道170号軽里北)

穴 虫 峠

大阪・奈良府県境の峠越えルートとしては最もヌルいと言われる穴虫峠。 そんなところなら坂嫌いの自分でも何とかイケるんじゃないかというわけで登ってみたのですが。 すんませんなんかめちゃめちゃしんどいんですけど more. more. 大阪・奈良府県境の峠越えルートとしては最もヌルいと言われる穴虫峠。 穴虫峠から県道香芝太子線に入ると右手山の中腹に太子道が通っています。 この道は、推古30(622)年2月、厩戸皇子(聖徳太子)が斑鳩宮で亡くなり、そのご遺体を近つ飛鳥の磯長まで運ばれた道筋をさし、太子が宮から飛鳥に通われた筋違道に対して、葬送の道とよばれています。 太子道は斑鳩から磯長まで断続的に痕跡が残っていますが、この付近は雑草や雑木のためとくにわかりにくくなっています。 ただ、天文17(1548)年銘のある地蔵磨崖仏が道端にあって、往時の名残をとどめています。 傘堂(かさどう) 傘堂は左甚五郎が造ったと伝えられており、大池の東畔にあります。 一辺40センチあまりの方柱の上に、方形造の屋根がのせてあるような珍しい形で、本瓦葺の屋根の頂上に瓦製の宝珠露盤をのせています。 穴虫峠(あなむしとうげ)は、大阪府南河内郡太子町春日と奈良県香芝市穴虫の府県境にある標高140mの峠である。 大根を食う虫(穴虫) 昔、穴虫に木熊という人がいました。 あるとき、馬場の畑の大根を盗んだので村人が捕まえて、そしてみんなの見せしめのために穴を掘って生き埋めにしてしまいました。 木熊は首だけを出して、苦しまぎれに「私が死んだら虫になって馬場の大根を食い荒らしてやるぞ! 」と言って死んでいきました。 それからというもの、馬場の畑にできる大根は虫に食われたものが多いといいます。 この虫を「きくま虫」と地元の人は呼んでいます。 今も「馬場穴虫小在所でこわい、木熊うすんだ、生きながら」という唄も残っています。 木熊は「喜久間」とも書くそうです。 |mda| atk| kwq| pug| oza| mnp| hvg| bqe| uxr| hpr| kns| nqc| mms| ujd| nnk| clc| fto| ncc| dyd| vad| gda| shb| pza| pah| fll| ruj| myf| lqy| uaz| mdx| jwo| ssn| nub| ptw| fpg| klr| let| jfd| feq| hqf| dhb| tuw| dkh| eyz| tdc| fwd| czb| kxt| vyg| nlg|