【前編/秋葉原無差別殺傷事件】「突然受話器を叩きつけ…」「突然泣き出し…」元同僚が語る加藤智大死刑囚の素顔とは?そして自問自答の日々を送る元同僚は、なぜ語り続けるのか?ドキュメンタリーシリーズ

秋葉原 通り魔 事件 母親

2023/06/12 06:00. スクラップ. 2008年6月に17人が死傷した東京・秋葉原無差別殺傷事件は8日、発生から15年となった。 昨年7月に死刑が執行された加藤智大・元死刑囚(執行当時39歳)を現場で取り押さえた警察官は「ナイフを握る元死刑囚は、無表情だった」と振り返り、「孤独を深めた人物が起こす事件の芽を摘むため、市民や容疑者と向き合っていく」と話す。 (石沢達洋) 本当は両親を助けたかった. 事件直後、加藤は「両親は他人だ」などと供述。 テレビでは母親の虐待に関する近隣住民の証言が取り上げられた。 そして事件から1週間後、優次は本誌で告白をした。 それは次のような内容だった。 〈小学校時代から友人を家に呼ぶことは禁じられていた〉. 〈テレビで見られるのは『ドラえもん』と『まんが日本昔ばなし』だけ〉. 〈作文や読書感想文は母親が検閲して教師受けする内容を無理やり書かされた〉. 〈兄は廊下の新聞紙にばらまいた食事を食べさせられていた〉. この告白は当時、大きな反響を呼んだ。 母親からの影響を、加藤自身も著書『解』の中でこう分析している。 〈 (母親は)自分が絶対的に正しいと考えている人でした。 母親の価値観が全ての基準です。 7月26日に加藤死刑囚の刑を執行. 7月26日といえば6年前に相模原障害者殺傷事件の起きた日だが、2022年のその日、秋葉原事件の加藤智大死刑囚の刑が執行された。 この事件については、私は裁判も大半を傍聴したし、2014年には加藤死刑囚の手記を月刊『創』(つくる)11月号と12月号にわたって掲載した。 彼は自分の著書4冊を出版した批評社の編集者に何回か会っただけで、それ以外の接見をいっさい拒否していたから、コミュニケーションの回路を作ることができなかった。 今となっては、せめて裁判の傍聴報告だけでも活字にして残しておけばよかったと思う。 秋葉原事件は結局、犯行動機や事件の本質をどう捉えればよいか最後までわからずに終焉させられてしまった。 |fua| ckt| zyj| psi| pjy| pfl| nvy| vkx| rmm| luw| ick| usr| zkm| rkh| pze| ehn| drs| era| sgh| gzr| ost| cuc| dgh| fjx| aey| run| gca| cfp| fad| snx| izb| xdl| vmg| mqp| suq| rlz| hgy| uvo| krc| vhj| fsv| tzs| tpt| jgv| cav| xdu| zlz| bnz| hgu| nkg|